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終わりの見えない推し推すレースから降りた。

降りたと言ったら降りた。今度こそ降りた。

往生際悪く縋り付いていたけど、もう降りたと思う。

 

突然何って話なんですが私はとある邦楽ロックバンドの緩い追っかけみたいなことをやっていて(全通する訳じゃないけどツアーの度にいくつか遠征を組んだりするくらいの緩さ)もうかれこれ8年とか?やってんの?緩い遠征を8年とかやっていた。過去形なのは現在活動休止中だからで、それを言いはじめたら活休はもう2年になるので、じゃあ6年くらいか。いや活休した後もボーカル(以後:推し)にはついて回っていたからやっぱり8年とかかな。もうちょっと長い気もするけどまあいいや。
(所謂アイドルとか舞台俳優ではなくロックバンドのボーカルだから担当とか推しとか言うのも変なのかもしれないんだけど、まあ、推してる(た)から推し。便宜上)

活休した後ボーカルがソロプロジェクトを立ち上げて、バリバリに売れて順調に活動していくような感じのバンドではなかったのは幸か不幸かいまだに解んないけど、とにかく推しはソロになってもドカーンと売れ出すようなこともなく、東京の小さなハコでルーパー使ったり東名阪でアコギを弾き鳴らしたりどっかのプロジェクトのボーカルに抜擢されたりしながら歌っていて、まあ私はそれをいつものごとくマイペースに追いかけまわしていた。

バンドの時の様にびっくりするような感動を貰うことはなかったけど、お酒を飲みながら上機嫌で好きな歌を好きなように歌っている(ように私には見えた、)推しを眺めるのはそう悪くなかった。バンドの時はスタッフがやってた物販も、自分で回してたから接触も増えたので、そういう意味では満更でもなかったし。まーぶっちゃけ私キモヲタだから推しからしたらたまったもんじゃなかったかもしれないけど。それは知らん。

そんなこんなでソロ名義アルバムとか、バンドプロジェクトのミニアルバムとか、若干の曲提供をしつつ、バンドの活休後も歌い続ける推しを2年観てきた。

 

正直、飽きた。

 

歌を聴きに行けば心地良い歌声で(私の推しは本当に歌がうまい、まあ、推してる相手の歌を貶す人もそうそういまいが、とにかく本当に巧い)聴かせてくれるし、物販だってちゃんと相手をしてくれる。

でもそれだけなんだよね。歌の上手い人の歌を聴いてるだけ。

去年の夏?ごろ?もう日程すら定かじゃない記憶、引き語りでツアーをやるというので日程を見てみたらなんと地元回りだけ綺麗に吹っ飛んで予定が組まれていて、悔しくなったのでこうなったらツアー開催地の南端まで飛んでやろうと思って新幹線で向かった福岡。

前から2列目の席を陣取って向き合った推しの公演で居眠りしそうになった。

この頃まだ絶賛推しを推しているつもりだった私は絶望した。まさかこの敬虔な信者たる私が推しの歌を聴きながら居眠りしそうになるなんて、それも、2列目で。幾ら長旅だったとはいえライブ中に眠くなるなんてことある?少なくとも私はこの日まで体験したことがなかった。

何より気の毒なのは推しである。2列目にいる猛烈な眠気に襲われながら歌を聴く奇妙な女はもう相当に目についたことだろう。申し訳ない。申し訳ないけど、眠かった。だってつまんなかったんだもん。ごめん。

自分の不甲斐なさ&薄情さ&感性の薄さに呆然自失になりながら(歌を聴きながら眠くなるって相当の事だと思う、ほんとに)ふらふらになって会場から帰り着いた福岡のホテルで泥のようになって眠った翌日、必死になってとったそのツアーのファイナルの予約を半分無意識的に放流した。

 

そこから約半年。以上経ってるか。まあ約ですよ約。

 

 

今日までずーっとだらだらツイッタ―とかチェックして、またお酒飲んでる~!とかまた〇〇と一緒にいる~!仲良し~!とかはしゃいで、告知を見て引き続きプロジェクトのボーカルやるんだすごい~♥とかいいながらもソロのライブ告知については見なかったふりをしてチケットを取らずにここまで来たんだけど。

先月半ばくらいからあれだけ必死に追いかけてたツイッタ―もインスタグラムも割とどうでもよくなってきて(酷い時はリプ欄まで覗いてたのに)彼の歌ったセットリストにも興味が湧かなくなった。何とかして興味を持ちたくて、わざとらしく情報垢のセトリツイートをRTした後、「××歌ってるじゃん!いいな~!」とか現場に入る気もなかったのに言ったりしていたんだけど、もう全然心動かない。私のいない所で何を歌っていても気にならない。好きにしたらいい(何様?笑)じゃん、って感じだった。

 

好きにしたらいいじゃんどうせ真面目に歌ってないんだから、って。

 

推しからしたら真面目に歌ってるのかもしれないし、もしかしたらなんで好きでやってることなのに常に真面目に歌う必要があんの?と思われるかもしれない。10年近く色んな媒体で彼を見てきたけど未だに何を考えてるのか解らないので、何を思って歌ってるのかも解らない。(好きだし憧れの人だけど、憧れって理解からは一番遠いらしいし、解らなくて当然なんだと思う)だから私は歌を聴いて、それを受け取るしか出来ない。いつだって。物販で接触があろうがなかろうがそんなもんはオマケだ(あればうれしいし長い絡みになったらそれなりに調子に乗るけど!)私は、推しの今のコンディションを歌でしか知れない。しかもそれには正解がない。明確にはあるんだろうけど、それは誰にも語られないから、ないのと同じだ。

それで私はこの2年「真面目に歌ってる彼が見たい」と思い続けてきたんだなあと気付いた。いや多分思うだけじゃなくて声にもしてたと思うけど。ツイの鍵垢とかで。だってさあ引き語りにしたって活休前とは全然違うんだもん、熱量が。一度でもあの殺意を持った気迫で歌う姿を見たことある人間からしたら、今の姿なんてままごとにしか見えない。そりゃあ常に殺気立って歌えなんて言えないけどさ、実際この二年一度もやってないんだもん、たまには真面目にしてよとも言いたくなる。ビールとか飲みながら楽しそうに歌う姿は、別に悪いことではないと思う。良いかと言われたら返事に困るけど。でも酒飲みながら弾き語りするバンドマン、別に少なくないし。まー結局、何言っても私の求める姿は見れない。見れなかった。この二年。推しがそれを望んでないんだから当然だ。

ここ半年行ってないから現場知らないけど、推しの名前で検索してみるに多分半年前と大差なさそう。入ってなくてよかったんだと思う、また居眠りしかけて推しに申し訳ない気持ちになるよりは。多分。

 

で、このひと月くらい、邦楽ロックそのものを何となく忌避してしまい、何となく聴けなくなってしまってずっとナユタン星人とSHINeeを聴いている。(キーくんKAWAII)だってこうなってしまうと私のカーステは流すものがないんだ。ほぼない、ほんとに少しボカロと少しの韓ドルと 少しのアニソンしかない。邦楽ロックしか聞いてこなかった視野の(聴野の?)狭い人間なのだと思い知らされてまた辛い。

 

そんでなんか今日突然、あ、これ降りたんだなあと思った。降りましたね。

そもそも所謂ところのガチ恋(リアコ?)でもガッツでもなかったし降りる降りないとか言い出すのも微妙な位置の人間なんだけど、でも、これは、降りたか降りてないかの二択なら完璧に降りてる。これ降りてるんだなあ。推しを、推すことからもう降りてる。

 

それで、今、私の手元にはボーカルを務めるプロジェクトの6月のライブチケットがあって、航空券もある。航空券は早割で、キャンセル出来ない。途方に暮れている。

推しからの卒業旅行と称して、記念にフライトするしかないか。勿体ないし。何より、家人に5万近い出費をムダ金にしてしまう言い訳が思いつかない。

 

私にとって推しは太陽で、時に翳ることはあっても雲が晴れたらまた陽が射して地面を照らしてくれるような存在で、失ったら死んでしまう存在だったはずなのに、推しを推してなくても私は生きていて、暗闇に覆われてしまうと思っていた道は、世界は、普通に見えている。燦々と輝いては居ないけど、今日もご飯は美味しいし、仕事はクソだ。

ああ、何かに没頭したい、とこういう時に思う。

 

推しを推すのも推さないのも私次第なのだ。それが一番辛い。自分が、彼を、推したいと思ってないのが。